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なんで熊には死んだフリ? 

なあるほど・・。

今になって気付いた一つの真実。

昔からこういう時はこうしようと思っていたこと・・。

それは・・
に出会ったら死んだフリ( ̄Д ̄;)

よくよく考えたらどうして、
に会ったら死んだフリなのだろうか?

ちょうどmixiに書かれていたので、
引用させてもらいました。

にあったら死んだフリ」はなぜ広まったのか
【Excite Bit コネタより引用】

秋も深まってきたが、まだまだ出没の季節。

ところで、にあったときの対処法として、
近年は「死んだフリは逆効果」というのが、
常識として知られるようになっている。

理由は、「もビックリして襲う」とか、
死んだフリをしていると、確認のために熊が噛みついたりする」
など言われており、
予防法としては、「突然あわないように、ラジオなどをかけて歩く」
「笛、鈴などで自分の存在を知らせる」ということ。
であってしまったら、「騒がない」「そっと下がる」
「背中を見せて逃げない」「熊撃退スプレーを使う」
などの方法が指摘されている。

では、ここでちょっと不思議に思うこと。
なぜかつては「死んだフリをしろ」といわれていたのか。
迷信が広まった理由とは?

「昔は死んだフリでもある程度良かったが、
今は森林伐採などによって、
熊が人里におりてきてしまっているから、
通用しなくなった」という声もあるけど……。」

NPO日本ツキノワグマ研究所代表の米田一彦さんに
聞いてみたところ、「なかなか良い質問です」として、
その回答があるという『生かして防ぐ クマの害』
(農山漁村文化協会)を紹介してくれた。

本書によると、熊による殺傷事件は
北海道の開拓時代にはたくさんあり、
そのうち、歴史上で日本最大の事件が、
大正4年に起こった北海道の苫前村で起こったものだという。

これは、一頭のヒグマが、2晩のうちに、
胎児を含めて7人を殺し、3人に重軽傷を負わせ、
しかも、犠牲者の多くを食ったという事件だ。

ヒグマが何度も襲ってくるなか、
6日目でようやく射殺されたのだというが、
気になるのは、この事件で、無傷で生き残った
11歳の男の子と、6歳の女の子がいたということ。

それについて、こんな記述がある。
「男の子は積んであった俵の間に潜って難を逃れたが、
女の子は布団の中で、事件を知らずに眠っていたのだ。
小さな女の子に命を残したのは、
神の気まぐれだったのだろうか。
クマに敵愾心もいだかず恐怖心も与えず、
身動きしなかったことが、女の子が助かった理由だろうか」

「熊には、自分が倒した自分の獲物に執着し、
その獲物を妨げる者を『排除』しようとする習性が強い。
そのことが犠牲者を追跡したり、
遺骸から離れない執拗さとなって現れるのだ」

つまり、たまたま何の抵抗もなく眠っていた女の子が、
熊の被害から逃れたというエピソードが広まり、
迷信を生むきっかけの1つになったと十分考えられる。
実はこれに近い事件が、
明治から昭和初期まで数多くあったともいう。

歴史的には、「眠っていて助かった子がいた」
という記録は確かにあった。とはいえ、
やはり「死んだフリ」は有効手段でないのは紛れもない事実。

改めて、「死んだフリ」は危険なので、絶対にやめましょう。


長文しんつれいしますた(゜◇゜)
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[ 2008/11/16 16:52 ] 過去記事 | TB(0) | CM(0)

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